夜勤専従看護師玲子日記

DHAサプリ比較してみた。

テレビやラジオのCMでよく聞くサラサラ成分のDHA、EPA。

血液をサラサラにするといわれる魚特有の脂肪酸ですが、このDHAとEPAを配合したサプリメントを私も飲んでいます。

魚がきらいというわけではないのですが、DHA、EPAが豊富な青魚を食べることって本当に少ないんですよね。

私たち看護師は生活が不規則になりがちなので、せめて食事は栄養バランスを考えて、しっかりしたものを食べないと体がもちません。

医療従事者は一般に健康にしっかり気を配っていると思われているようですが、実は案外そうでもなく、医師や看護師の喫煙率は意外にも高いといわれています。

高給取りというイメージのある医師ですが、実際にはハードな勤務環境で、精神的にも肉体的にもかなりのストレスを抱えているのでしょう。

例えば私の職場でも医師は40時間連続の勤務で食事も決まった時間に摂れるものではなく、15分程度のすきまの時間に病院内の食堂で、そばやうどんをかきこむように食べているのが実態です。

栄養バランスの取れた食事を摂ることの大切さは医師や看護師は身をもって理解しているはずですが、それができない環境で働いているのが実態です。

看護師にしても夜勤は3人で40人の患者さんを担当していますから、一瞬たりとも気の抜けるものではなく、医師や看護師は患者さんの健康は気にかけても、「自分の健康管理は二の次」という状態なのです。

そんな私たちは普段の栄養バランスの不安をサプリメントで補おうとしちゃうんです。

わたしの医局で人気なのはすっぽんサプリとDHA、EPAサプリ。

すっぽんサプリは疲労回復とかここ一番の頑張りを期待してというところが大きいですが、DHA、EPAサプリは普段の食事の栄養補助という意識で飲んでいます。

体に実感できる変化というよりも、健康診断の数値が改善するというところで実感できるのはやっぱりいいものです。

何かしら不安を抱えながらも家族や患者さんのために働いているのが多くの医師や看護師です。

そんな私たちにDHA、EPAサプリは手放せないアイテムと言えますね。

ご興味のある方は下記を参考にしてみてください。

DHAサプリ 比較

2015年9月17日|

患者さんの尊厳を尊重するということ

「看護師さんってたいへんな仕事ですね」

もう何度も言われた言葉ですが、患者さんやその家族をはじめとして多くの人からねぎらいのきもちを込めて言われることは気分の悪いものではありません。

でも私たち看護師のどういった部分を見て「たいへんな仕事」と思われているのかは気になるところです。

というのも、病棟で患者さんやその家族の方から「いつもすみません」とか「たいへんですね」と言われるのは、大抵患者さんの下の世話をした後がいちばん多いという事実があります。

でも私は下の世話ってそんなに汚い仕事、イヤな仕事と思っていないのです。

大便、小便は生きている限り誰にでもあるものですし、病院では一時的かどうかはともかく、誰かの世話にならなくてはならないから入院しているのであって、それは病気でない方からすれば汚いこと、他人の下の世話なんて自分にはとてもできないということなのかもしれません。

人間ならば何かを食べれば必ず排泄につながるわけです。

「食べれば出す」

これが人間の普通の姿ですし、事実です。

ですからこれを汚いとか、忌み嫌うというのは人間の否定につながるようにも私は感じています。

いえ、何も人前で堂々と大小便を垂れ流すことを肯定しているのではなく、病気やケガで不具合がある時には、看護師に任せてもらうことは何も後ろめたいものではないということです。

そういう意味では看護師は人間の排泄物に対しての感覚はちょっと違っているのかもしれません。

だからこそ、下の世話というのは誰にでもできるものではありませんし、患者さんの側にとっても、下の世話を汚い仕事と考える人に世話してもらいたいとは思わないでしょう。

つまり、人間にとって排泄という行為がどういうものなのか、排泄行為を他人に世話してもらうということがどういうことなのかをしっかりと理解していなければ、とてもできる仕事ではないと思います。

排泄行為は人間の尊厳とかかわる部分であり、下の世話に対する自然な感覚を患者さんとその患者さんをお世話する看護師とが共有できるような関係のあることが理想だと思うのです。

これは病院ばかりでなく、例えば訪問看護師にとっても大切な考え方になると思います。

下の世話に対する人間本来の行為と考える自然な感覚を患者さんとそのご家族の方にも理解してもらうことが、よりよい在宅介護にもつながると思いますし、私も病院で患者さんのおむつをかえる時にそんなことを考えるのです。

こちらの記事でもお話ししましたが、看護師の仕事の魅力は患者さんが元気になって退院するときに、心からの笑顔でお礼を言われた時のあのすがすがしい気持ちです。

こうした人間の尊厳にかかわる部分で看護師が患者さんを尊重することこそが患者さんが求める大切な部分ではないかと思いますし、患者さんの感謝の言葉となって帰ってくるのだと感じるのです。

こうしたこともあって、高収入の看護師求人を探して看護師求人転職サイトを探している同僚看護師にその理由を聞くと、患者さんの尊厳を尊重するためにも自分の仕事にプライドを持てるだけの収入面での評価を求めるという意見には大いに理解できるのです。

2014年6月18日|

看護師という仕事の醍醐味

看護師の仕事は常に緊張している状態と考える方が多いのですが、短い時間でありますが、ホッとできる時間はあります。

また常に緊張しているととても続かないということもありますから、ある程度の割切りというのも必要です。

例えば、新人看護師は患者さんがなくなる時、エンゼルと私たちは言いますが、このエンゼルに立ち会うときにほとんどが動転したり、取り乱すケースが多いです。

人の死に立ち会うというのは普通の生活をしていればそうそう多いものではないでしょう。

ましてや看護師になりたての20代前半の女性であれば、普通の精神の持ち主であれば、何とも感じないのもおかしな話です。

ですが、エンゼルのたびに涙を流したり、衝撃に感じていては看護師としての仕事になりません。

ここは患者さんのご家族への配慮を忘れないながらも、しっかりと対応することが求められます。

それには、人間はいつかは必ず死ぬものだし、死は特別なものではないという意識が醸成されていなくてはなりません。

これは人間の死を軽く考えるものではなく、死は異次元の世界の話ではなく、私たちに常に寄り添っているものであると考え、だからこそ、生きている間は少しでも充実した生を送ろうと考えることになります。

たとえ病気と闘っている状態で、やりたいことが制限されている状態であっても、できることは様々あると考えることにもつながります。

こうして人の死について考える機会の多いしごとではありますが、外部の人にとっては、看護師という仕事の表面的な部分でしか見られていないことに少し残念な気持ちになることがあります。

私の友人に食品メーカーの課長をやっている女性がいますが、彼女から「あなたはいいわね、看護師という資格があるから、日本全国どこでも就職先が見つかるでしょ?」
と言われたものです。

看護婦になって3年目くらいまではこんなことを言われると、謙遜して「そうでもないのよ、大会社のほうがうらやましいわ」なんて言ったものです。

けれども、最近は看護師という仕事にプライドがあることもあって、「そうよ。いつ辞めても次の就職先をすぐに決められるわ」ということにしています。

これは確かにそうなのですが、事務員のような仕事をしている高校時代の友人にいうと、たいていイヤミを言われたような顔素されることが多いです。

ただ、私は好奇心が強い方なので、今後10年、20年と看護師の仕事だけを続けているかと言われればわかりませんと言ってしまいます。

看護師という仕事は魅力的ですが、せっかくの一度の人生を一つの仕事だけしかしないなんてどうなんだろうと考えることはあります。

大学の看護科に進むまでは雑誌の編集の仕事がしてみたいなんて考えたこともありましたし、ファストフードの店員や学習塾の講師などいろいろなアルバイトもしましたから、世の中には面白い仕事は山ほどあるというのが私の考えです。

2014年6月14日|

患者さんとの関係

境界型人格障害の女性からものすごい攻撃を受けたことがあります。

境界型人格障害とは、境界例とも呼ばれ、慢性的な抑うつ感、衝動性、不安定な人間関係を特徴とする人格障害です。

このとき、私が彼女に攻撃された理由を考えてみると、「自分が一生懸命困難な治療に耐えたのに、きちんとほめてくれなかった」ということのようでした。

境界型人格障害の特徴をもう少し具体的にお話しすると、周囲の人間を思うままに操ろうとしてさまざまな心理的攻撃を仕掛けてきます。

その手段の一つに本質的でない部分を細かくつついて揚げ足取りを仕掛けてきます。

私と彼女の場合もこうした揚げ足取りが執拗に繰り返されただけなのですが、そのときのことをよく考えてみると、私がねぎらうことが彼女にとってそんなにも大切なことなのかということでした。

私としては立派な大人を相手に子供をあやすような態度で接することはいくら相手が患者さんであったとしても失礼ではないのかと思っていたのです。

周囲の顔色をうかがって生きることは疲れるものですが、これは私自身がそういう性格だからかもしれません。

誰でもしかられることは嫌なことですし、しかられるよりはほめられたい、認められたいものですよね。

それを自覚すればこそ、もしも彼女のような立場だったら、自分がどう感じるか、真剣に考えていました。

こうしたことをしばらく考えていて、結局、人間は他人に認められたい、ほめられたいという生き物であると改めて感じたのです。

また、患者さんの中には自分を過剰にほめてほしい、ほめられることでしか自分のアイデンティティーが確立できないといった人もいて、これが度を超すと相手に執拗なまでにほめることを要求してくるといったケースもあります。

自分とは直接関係のない人にまで自分のアイデンティティー確立のために褒めることを要求するような人もいて、度を越せば超すほど本人のほめられることに対する飢えた感情はますます高まり、手の施しようがないということもあります。

2014年3月30日|

最後の瞬間までお世話するということ

寝たきりの患者さんの髭を剃るのが好きなんです。

かなり暴れて剃られるのを嫌がる人もいるのですが、うまくなだめて剃っていくと、仕上がった時に気持ちよさそうな顔をしてやっぱり剃ってもらってよかったというような表情をされるのです。

そして、青々と剃りあがった顎を見る時、自分の仕事がプロの仕事であることを感じちゃったりするんです。

この自分の仕事にプロとしての誇りを感じる時というのは看護師によって様々なのですが、私の友人の看護師には手術の介助をして無事手術が成功した時とか、一番多いのはやはり患者さんが退院するときにご家族の方から感謝の言葉をもらった時という人が多いです。

看護師以外の仕事をしている人からすれば、患者さんの下の世話とか髭剃りとか、そういったものってとてもできるものではないと思えるもののようですが、看護師の多くは目の前の患者さんをとにかくキレイにしてあげたい、快適に過ごせるようにしてあげたいという気持ちが先に立っているものです。

例えば、末期がんの患者さんが長い闘病の末に亡くなられた時、エンゼルケアを始める時に大抵思うのはもっとこの人をきれいにしておいてあげればよかったと思うものです。

なくなる前にはあまり体を動かせるものではないですし、面会者も多いので体を拭いたりするのはどうしても最低限のことしかできなくなってしまうものです。

それは仕方のないことかもしれないけれど、その患者さんをずっとお世話してきた看護師にとってはなにか申し訳ないような寂しさを感じることもあるのです。

最後の時だからこそきれいにして送ってあげたいとおもうのは同じ人間としてなにかできることをしてあげたいという本当に純粋な気持ちからくるものなんです。

それでも、もうそんなに長くはないなと思えるようになってくると、消えかけている命を刺激しないでできるだけ長く、などと思ってしまい、体をキレイにしてあげて、気持ちよく過ごしてもらうといった視点はなかなか持てないものです。

自分の行為が最後の瞬間を迎えるきっかけになるのは避けたいという気持ちが無意識にどこかで自分の行動をセーブしているのかもしれません。

2014年2月16日|

夜勤の魅力1

夜勤の巡視の際の忘れられない思い出ですが、私が看護師になって3年目だったのですが初めての夜勤で重症者のいる部屋を任された時のことです。

脳卒中で救急搬送されて、充当な状態だったのですが、何とか一命をとりとめ、その後少しづつ回復してきたときのことでした。

夜中に私を呼び止めこんな話を始めました。

自分は昔帝国陸軍の士官だったが任務のためにいろいろと秘密工作をやっていた。

戦死した従兄弟の戸籍と自分をすり替えてそのまま今日まで生きてきた。

終戦は満州で迎えてそこで憲兵の仕事をしていて現地では今思い出すのもおぞましいことをやっていた。

シベリアで3年間抑留されてその後日本に帰ってきたけれど、戦争犯罪人として死刑になる覚悟だった。

でもこうして73歳まで生きながらえて、自分が自分でないようななにか実感の沸かない人生だった。

役所で本当の名前に戻そうと話をしてみたが、無理だと言われたので、従兄弟の名前で生きてきたが、本当の自分の名前に戻して一生を終えたいと思っていたと。

こんな深刻な話を聞けるのは看護師だからこそでしょう。

その後その患者さんは退院しましたが、その後も一人暮らしの寂しさからかたまに病院に来ては話相手を探しているようです。

「人間って死ぬのは怖いものだと思っているけど、意外に死ねないものだね」と言っていたことが印象出来でした。

看護師の仕事をよく知らない人からは「夜中の病院なんて気味が悪くて私には絶対に無理な仕事だ」というようなことを言われたこともありますが、日勤の慌ただしさに比べれば患者さんの急変がない限り、ゆったりと仕事ができますし、先ほどのお話のように、眠れない患者さんや話し相手を求めている患者さんとの会話ができたりと私にとってはとても好きな時間です。

そうはいっても看護師の多くは女性ですから、やはり怖い話をした後なんかだと一人で巡視に行くのはなかなか気が進みません。

どこの病院にも人の生と死の最前線で仕事をしている以上、怖い話というのはいくらでもあるのです。

2014年1月31日|

夜勤の際の巡回業務

看護師の古典的なイメージとして夜間に、ベッドサイドをランプを手にそっと巡回して回るというイメージがあります。

看護学校の校歌にもこんなイメージから作られたような歌詞がありますね。

夜勤はこの巡回が中心的な仕事内容になりますが、私が勤めている大学病院では2時間ごとに巡回することとなっており、これをこなすだけでも結構忙しくなります。

巡回はただ見回るだけでなく例えば紙おむつの中までライトで照らして失禁がないか確認したり、時にはおむつを替えたりなんてこともあります。

うんこ、おしっこ、おならにいちいち驚いていてはこの仕事は務まりません。

ところが患者さんにとっては他人である看護師にこうしたいわゆる「下の世話」をされることを気持ちよく思わない人がほとんどです。

ですからここはクールに事務的に処理しているようで、でも根底に愛情が感じられる介護をすることが求められます。

このさじ加減は非常に難しいのですが、ここはやはり経験がモノをいう部分でもありますね。

夜勤では時におかしなこと、ぎょっとすることがあります。

私が今までで一番驚いたのはやはり何といっても患者さんの息がない、脈が停止しているのを見つけた時です。

これは何度か経験していますが、やはり一番冷や汗をかくくらい驚きます。

ただ不思議なことに驚きはしても、冷静に対処できるんです。

発見した瞬間には本当に驚くのですが、その後は冷静に心臓マッサージを施し、別の看護師と医師に連絡を取ります。

人が亡くなった時には特に巡回の際に発見した時にはなにかできることをしていなかったようなぽっかりとしたむなしさを感じるものです。

もうちょっとこまめにお小水をとっていればよかったかなとか、痰の吸引をもっとこまめにやっておくべきだったかなとかいろいろ考えてしまうんです。

このように入りいろな後悔の念が次々と湧き起ってきて、この仕事は自分に向いていないのかもなんて思ったことは何度もあるのです。

そしてそんなことがあってからは本来2時間に1回の巡回が決まりであるのに、1時間に1回の巡回をしてみたり、病状の良くない患者さんは30分に1回巡回してみたりなんてこともあるんです。

精神的なショックと言うほどではないのかもしれませんが、しばらくはこんな状態が続きます。

でも高齢な方や進行性の病気で積極的な治療を行わない患者さんの場合にはいってみれば死を待つ状態なわけです。

こうした患者さんが自分の勤務時間中に無くなるのはやはり自分に何の落ち度がないにしても、やはりご家族の方には何か後ろめたい気持ちを持ってしまったりするもので、できれば自分の勤務時間外になんて思ってしまうものです。

看護師も10年目くらいになり夜勤もひととおりこなして仕事に慣れてくると、手際よくこなせるようになり、アクシデントも先回りしながら織り込み済みで仕事をこなしていけるようになります。

そうすると夜勤の際のアクシデントもさらりとこなせるようになるのです。

2014年1月14日|

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