最後の瞬間までお世話するということ

最後の瞬間までお世話するということ

寝たきりの患者さんの髭を剃るのが好きなんです。

かなり暴れて剃られるのを嫌がる人もいるのですが、うまくなだめて剃っていくと、仕上がった時に気持ちよさそうな顔をしてやっぱり剃ってもらってよかったというような表情をされるのです。

そして、青々と剃りあがった顎を見る時、自分の仕事がプロの仕事であることを感じちゃったりするんです。

この自分の仕事にプロとしての誇りを感じる時というのは看護師によって様々なのですが、私の友人の看護師には手術の介助をして無事手術が成功した時とか、一番多いのはやはり患者さんが退院するときにご家族の方から感謝の言葉をもらった時という人が多いです。

看護師以外の仕事をしている人からすれば、患者さんの下の世話とか髭剃りとか、そういったものってとてもできるものではないと思えるもののようですが、看護師の多くは目の前の患者さんをとにかくキレイにしてあげたい、快適に過ごせるようにしてあげたいという気持ちが先に立っているものです。

例えば、末期がんの患者さんが長い闘病の末に亡くなられた時、エンゼルケアを始める時に大抵思うのはもっとこの人をきれいにしておいてあげればよかったと思うものです。

なくなる前にはあまり体を動かせるものではないですし、面会者も多いので体を拭いたりするのはどうしても最低限のことしかできなくなってしまうものです。

それは仕方のないことかもしれないけれど、その患者さんをずっとお世話してきた看護師にとってはなにか申し訳ないような寂しさを感じることもあるのです。

最後の時だからこそきれいにして送ってあげたいとおもうのは同じ人間としてなにかできることをしてあげたいという本当に純粋な気持ちからくるものなんです。

それでも、もうそんなに長くはないなと思えるようになってくると、消えかけている命を刺激しないでできるだけ長く、などと思ってしまい、体をキレイにしてあげて、気持ちよく過ごしてもらうといった視点はなかなか持てないものです。

自分の行為が最後の瞬間を迎えるきっかけになるのは避けたいという気持ちが無意識にどこかで自分の行動をセーブしているのかもしれません。

2014年2月16日|